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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

梛の実の青きそのまま愛結べ

今日の仕事の終わり際、信じがたいことが起こった。
子どもを迎えに来たお母さんが、子どもが帰り仕度の遅いことに腹を立て、その子を置いて帰ってしまったのだ。
午後6時10分頃のことである。その子は双子姉妹の姉で、妹の方は何事にも身のこなしが素早いが、姉の方がどちらかというとのんびり屋で、そののんびり屋さんが置いていかれてしまった。
その場にスタッフは8人いたが、一同、前代未聞という顔つきである。帰り仕度がいつも遅いから、お母さんはちょっと懲らしめの意味で置いて帰るふりをしたんだよ、(閉所時刻の)6時半になったらまた戻ってくるよ、と言うスタッフもいて、粗方そんなところかともう少しみんなで待ってみることにした。
私は咄嗟に、あの、今年6月に北海道で起こった小学2年生置き去り騒動のことを思い浮かべた。あの騒動がその後どう落ち着いたかは知らない。しかし、あれだけテレビで騒がれ名前を知られ、各SNSソーシャル・ネットワーキングサービス)でも賛否両論、話題沸騰、炎上したのだから、その後の学校生活、その後の家族生活に影響が出ないわけがない。あの時の騒動の最大悪はテレビ報道であると私は思っている。
それはともかく、結局、お母さんは閉所ぎりぎりの6時半に、双子の妹と一緒にもう一度やって来た。ところが、ところがですよ、またしてもお母さんはその子を置き去りにして帰ってしまったのです。置いて行かれた子は、なぜお母さんが二度も自分を置いて帰ってしまったか飲み込めていないふうだったが、泣きじゃくりはしなかった。恐らく日常的にそういうことがあるのかなと想像した。
これってネグレクト? 児童虐待? 軽々に言えないが、まずは、お母さんの手元に子どもを無事に渡すことが放課後児童教室の務めですから、それまで玄関にいてもらわなくては困りますと、そのことをみんなでお母さんに言いましょうということになって、その子を連れてお母さんが車を停めてあるところまでぞろぞろ歩いて行った。そうしたらお母さんは車の中で電話中。それで電話が終わるのを待っていたら、お母さんは我々に話す余裕を与えず、電話を切ったと思ったら子どもを車に押し込んでその場から走り去って行ったものだ。
いやあ世の中にはいろんな親御さんがいるものだ。テレビで騒がれないだけで、北海道のような例は、実はまだまだたくさんあるのではないかと思っている。
写真は、梛(なぎ)の木の実。後ろはその木。

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放課後児童教室の南側の敷地に梛の木が2本ある。梛の木は雌雄異株というから雌と雄の2本だろう。登所人数の少ない土曜は、外遊びの時間にはグランドまで出ないで、この木の下でままごとをして遊ぶことが多い。土がやや赤みがかっているので、子どもたちはそこを「あかつち」と呼んでいる。
夏の頃の実はもっと小粒で、色は青紫だった。実は種が大きく肉がほとんどないから食べられない(たぶん)。これが子どもたちのままごとの格好の材料となる。
梛の木は伊豆の国市の木に指定されているとベテランスタッフから聞いた。市のホームページで確認すると、「梛は古くから市内の寺社等で生育し、近年では街路樹として植えられ、美しい景観の一助を担っています。また、市にゆかりのある源頼朝北条政子に関する言い伝えも残る、市民にとって関係の深い木です」とあった。
源頼朝北条政子に関する言い伝えって何だ? 気になってまた別のサイトを覗いてみる。
伊豆国に流罪となった源頼朝北条政子は、変わらぬ愛の証として、伊豆山神社の御神木の葉を持っていたといわれている。それが『梛の葉』。政子は、梛の葉を鏡の下に敷き、頼朝との愛を祈ったといわれている。『梛の葉』は、横に裂けないことから『愛のお守り』として、また、『家族平穏のお守り』として功徳があるという」<http://www8.plala.or.jp/bosatsu/yoritomo-masako-nagi.htm
伊豆山神社は熱海の伊豆山にあって、頼朝と政子が逢瀬を重ねた場所という。なるほどねえ、「愛のお守り」ですか。ならば梛の葉を少しばかりいただいてきて、新しくしつらえた玄関の鏡の裏に敷いてみましょうか。伊豆の家を訪れてくれるみんなへのお守りとして。でも私のもいだ葉じゃ、ご利益がないかな。(あ)
タイムラプスは、11月22日(火)①6:22〜8:42韮山方面)と②8:45〜10:49伊豆長岡方面)の2本。
あやめ湯(18:40〜19:15)3→2人。

2,424歩。