読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

お目出度き人よ秋刀魚を焼き焦がす

 写真は、西浦(沼津市)の蜜柑。 

f:id:jijiro:20160922075602j:plain 

西浦から通ってくる同僚の方からいただいた。ご実家がみかん農家だと言う。いつぞやその人から、倒木で道が塞がれたので遅れますという連絡が職場に入った。そのときは、どんな山奥なんだと思い、天城山の奥深いところから通ってくるんだろうかと勝手に想像していたが、何のことはない、倒木現場は三津シーパラダイスより少し先の西浦だったんですね。西浦だったら職場まで車で15分くらいか。 

伊豆で蜜柑と言えば西浦みかんのことを言う。今はどうか知らないが、昔は西浦のみかん農家と言えばなかなか羽振りがよかったらしい。 

「(かつて賑わいを見せていた長岡温泉で)わしら稼ぎの少ないモンが、なけなしの金で芸妓遊びをするら。ほしたところへ『西浦』がやって来て、(芸妓を)ごっそり連れてくだよ。昔はそんだけ蜜柑が儲かっただよ」 

一年ほど前、あやめ湯でお会いした木材屋の会長さんが、そんなことを言ってたっけ。 

そういえば、あれ以来会長さんともお会いしてないなあ。あのとき薪ストーブの薪を韮山の木材屋さんで買っている話をしたら、そんなの買うこたあねえ、うちへ来りゃタダでくれてやる、おまいさん薪割る道具持ってる? と言ってくれたものだ。ご自身も自宅で暖炉を楽しむそうで、薪は自分の会社の不要になった丸太を割って用意すると言っていた。それを分けてくれるというとてもありがたいお話だったが、私には斧もなく丸太を運ぶ車もないのでとご辞退申し上げたことだった。 

今日のポーズ。約1時間。 

 f:id:jijiro:20160920111754j:plain

まだまだ人に見せられるような絵ではないけれど、下手の横好きで描いていけば、いつかは好きこそものの上手となるんじゃないかと思って頑張ります。 

頑張ります、というのは何か変だな。絵を描くのは仕事じゃないんだから、頑張るというのはおかしい。絵は好きで勝手に気ままに描いているだけで、別に頑張るものじゃないやね。 

画家・安野光雅は『絵の教室』(中公新書)で、ゴッホの情熱について触れる。

「お金になろうとなるまいと、売れようと売れまいと、とにかく絵を描く。絵を描きさえすればそれでいい。もしかして売れずに終わったかもしれないけれど、それで満足だ。絵さえ描いておれば満足だ」 

このゴッホのような激しい情熱は天地がひっくり返っても持ち得ないが、「絵さえ描いておれば満足だ」という心境にはなれたらいいと思う。 

もちろん、これも己が老い先を考えるようになった今だからこそ言えることであって、妻子を養うのに精一杯だった頃はとてもそんなことを思うどころではなかった。しかし、あれもしたいこれもしたい、本当は何をしたいと考える中から絵が絞り出されたのは、潜在的に絵を描きたいという思いが昔からあったからではないかという気がする。 

今は酒さえ呑んでおれば満足な心境だが、これがいつか、酒を呑んでいたら知らないうちに筆が動いて、気がついたらそれが絵になっていた、なんて具合にならないものかと、ほろ酔い頭で一炊の夢を夢見たりするのだから、お目出度き人は死ぬまでお目出度いのである。(あ) 

タイムラプスは、9月21日(水)5:38〜7:56の伊豆長岡の空。 

◆ https://www.facebook.com/100001436582002/videos/1197241757000366/

あやめ湯(18:34〜19:13)6→4人。 

2,766歩。