読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

名月は我が家も照らす湯屋帰り

写真は、狩野川の千歳橋から眺めた中秋の名月

f:id:jijiro:20160915191538j:plain

あやめ湯の湯舟に浸かっていたら、脱衣所のテレビに見事な月が映されていた。音声は聞こえないから、どこから見た月だか分からない。久しぶりに会ったミスタービーン氏に「いい月がテレビに映ってますよ」と声をかけたら、ビーン氏が体を洗いながら「松平健の頭には毛が無いんだよ」と、訳の分からないことを言う。どう反応していいものやら返答に窮していると、「今、歌ってる氷川きよしもな(風呂場のBGMに氷川きよしの歌が流れていた)、本物の眉毛はあんな太いはずないんだ」と、これまた妙竹林なこと言う。芸能界の裏話にはやたら詳しいビーン氏だが、私とはどうも話が噛み合わない。へええ、そう、あれまと適当に相槌を打ち、ではお休みなさいとあやめ湯を出たら、叢雲の隙間から月が顔をのぞかせていた。
今日の伊豆の国市は曇りで、せっかくの中秋の名月も残念ながら見られまいと諦めていたところだった。雲に隠れてしまう前にと取り急ぎあやめ湯の駐車場でパシャッと一枚。千歳橋から見た月も絵になりそうだと橋まで急いでパシャパシャっと二枚。あと、家の前の道路と庭からそれぞれ一枚。どれも見事な月だが、一つだけ撮りそびれたところがあった。それは、狩野川の川面に浮かぶ月。晩酌をやり始めて気づいた。残念だけど、その一枚は来年の中秋までお預けだな。
今日の職場でも月見のことが少し話題になった。月見といえば昔は窓辺に芒と団子を飾ったものだけど、今ではそういうこともしなくなったわねえと一人のスタッフが言うと、皆さん、うんうんとうなずく。
私もうなずいた。うなずきながら「でも、芒と団子がなくても、酒があれば月見酒ができる」と調子を合わせたが、それには誰も反応しなかった。皆さんはお酒をあまり嗜まない女性の方ばかりで、お酒にはあまりいい感情をお持ちでないらしい。
明かりのない庭から見る月は満更でもない。月見酒をするんだったら、こういう月明かりだけが頼りの薄暗がりに腰を下ろして呑りたいものだ。写真を撮りながらそう思ったが、そうしなかった。藪蚊、こいつが厄介でね。ぶ〜んという蚊音を耳にした日には、風流も何もあったものではない。昔の風流人は蚊対策をどうしていたのだろう。蚊に血を吸われても平然と歌を詠んでいたのだろうか。
「世の中に蚊ほどうるさきものはなしぶんぶ(文武)といふて夜も寝られず」(蜀山人
「ねぶたしと思ひて伏したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく。羽風さへその身のほどにあるこそいとにくけれ」(『枕草子』第28段)
やはり、昔の人も蚊には悩まされていたんですね。(あ)
タイムラプスは、9月15日(木)8:42〜10:59の伊豆長岡の空。
あやめ湯(18:33〜19:12)3→2人。
3,991歩。