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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

孫の絵の残暑の客をもて成せり

今日の午前10時過ぎ、子ども連れの若い夫婦がマンションを内覧に来た。

内覧を希望する人がいるとは、金曜に来た不動産会社の営業マンからの電話で知った。金曜にマンション売却の意思を示したばかりなのに、たったの二日で部屋を見せることになろうとは思ってもみなかった。あまりの早い展開にいささか驚いている。人気の物件とはとても思えないが、相場より少し下回る価格設定が目に留まったのかもしれない。

ちょうど小田原の孫が昨日から遊びに来ていて、そんなごちゃごちゃした状態で内覧者を案内するのもどうかと思ったが、いるのだから仕方がない。元々、全てありのままを見てもらう心づもりだったから、そのまま上がっていただいた。

不動産会社の営業マンは金曜の人とは違う人だった。内覧者とのやりとりの端々から、同じマンションの物件を、うちを含めて3件見比べるような感じだった。

案内の間取りに目を落としながら営業マンの説明を聞いていたご主人が、「ここは対面キッチンじゃないんですね」とぽそりと言った。その一言で、ああこの人は買う気はないなと読んだ。営業マンが、「キッチンとリビングを仕切っている壁を取り壊してお好みでリフォームすればいい」と応じていたが、端からリフォームする気はないようだった。

そのうち、二人の子どものうちの下のお嬢ちゃんがトイレに行きたいと言い出した。それでトイレを貸してやったら、トイレのドアを開けた途端にお母さんが、「わあ、すごい、すごいね」と声を上げた。

トイレには、これまでに描いた孫の絵を三面に貼り付けてあった。たぶんそのことに驚いたのだと思うが、ここで「わあ、すごい」という反応が返ってくるとは思わなかった。

その反応をどう捉えたらいいのだろう。例えば、険しい山道を登ったところに広がる雄大な景色を見ての反応とか、この前のリオ五輪で日本選手が活躍する姿を見ての反応とかだったら「すごい」という言い方も当てはまろうが、ことトイレの絵に対して「すごい」と言った場合、その「すごい」の中身はどんなことに対しての反応と受け止めればよいか。

(孫の)絵に埋め尽くされたトイレなんて見たことないわ、なんて風変わりなトイレなんでしょうという軽い驚きが「すごい」という言葉になったと理解していいでしょうか。

「すごい」という言葉でしか言い表せないような「すごい」ことって何だろう。そんな、言葉にならない感動にあといくつ出会えるだろう。安易に「すごい」という言葉を使いたくないと思いつつ、でも、感動する心はいつも持っていたいと、若いお母さんの反応を見ながら感じたことだった。

写真は、トイレに貼られた孫の絵。孫たちが小学校に上がる前の絵が主だが、捨てられないでこうしてトイレに飾ってある。

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防音工事の前まではリビングの壁を賑わしていたが、工事で壁紙を張り替えるというのでカミさんがトイレに移した。工事は7月で終わったが、終わっても絵はこうしてトイレに残った。ちょっとしたミニギャラリーである。

2,103歩。