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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

汗の首昔の写真見入る妻

昨日と今日と2日間かけて家の中のある物を探していた。ある物とは、「登記済権利証」のことである。
この前マンションを査定に来た不動産会社の人に、売却には「権利証」が必要と言われ、はて、どこに仕舞ったかな、次に話し合うときまでに用意しなくてはと思って、仕舞った場所を思い出せないでいた。
今のマンションに移り住んでからの数年間は、パソコンデスク代わりに使っている机の引き出し奥に保管していた。それははっきり覚えている。しかし、ある年、部屋の模様替えをしたときに、保管場所を他に移したんだよなあ。それがどこだったか思い出せないでいた。
そんな重要な書類を捨てるわけがない、きっと家のどこかに大切に仕舞ってあるはずだ、ということで、棚に積んだダンボール箱の書類を片っ端から調べ、今日の夕方になってようやく見つけ出すことができた。厳重に保管されてあるとばかり思っていた「権利証」は、なんと、他のどうでもいいような書類と一緒に、半分破れた手提げの紙袋に仕舞われてあった。
これには私自身驚いた。まさか我楽多同然の扱いで保管されていたとは思いも寄らなかった。ほんと、よく捨てられなかったものよと思わずにはいられない。ともかく見つかって安堵、安堵である。
それにしても、なぜそんな邪険な仕舞い方をしたのだろう。これまで売却する気など毛頭なかったからとはいえ、とりあえずの財産を証明する重要書類ですからねえ。もっと丁寧に扱ってしかるべきでした。無事に見つかったからよかったものの、これが見つからなかったらかなり面倒なことになっていたはずだ。
子供たちに残せる財産なぞはほとんど無きに等しい私だが、後に遺された人たちのためにも、こういう書類は身内にもわかるようにしっかり保管場所を教えておかねばならないと思った。それで早速カミさんに「ほれ、こうやってここに仕舞っておくから」と、新たな保管場所を示したのだが、カミさんは我楽多から出てきた昔の写真に目をやって、こちらに関心を寄せない。子供たちの小さい頃の写真を1枚1枚見ては、あのときはこうだったああっだったと思い出話をし始める。「それ全部パソコンに保存するから、アルバムから取り出して一つの箱にまとめておいて」と言うと、「だって、写真の脇に説明が書いてあるよ、取り出したらどこで撮った写真か分からなくなるじゃん」とカミさん。「アルバムを残しておいても、どうせ見やしないんだから、いいの。説明がなくたって、人物と日付が分かればそれでいいの」と言うが、パソコンに一切触れないカミさんとしては、どうも納得いかないふうな顔つきであった。そんなカミさんの顔を見ながら、こいつは絶対俺より先に死なないなと思ったことだった。(あ)

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3歩。家の中では結構動き回っていたのだが、iPhoneをずっと机に置きっぱなしにしていたので測定ができなかった。