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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

七歳の描く小薔薇の美の眼

伊豆から孫を迎えに小田原へ向かう。

電車の中でメールをチェックしていたら、私が昨日ヤフオクで入札しておいた古い碁石2セットが最高額で落札されていた。他に入札がなく、出品者の提示したスタートの価格がそのまま最高額となった。だいぶ古いものらしく、ケースが割れていたから、私以外に入札する物好きはいなかったようだ。

碁石は一応、黒石が那智黒、白石が蛤だから、ジャンク品とはいえ本格的なもの。蛤は黄ばんでいるが、黒との違いが分かればよいくらいに考えれば大した欠点ではない。逆にそれが渋い味だったりする。

碁石は放課後児童教室で使おうと思って入札した。あの、やんちゃ君たちに囲碁を教えるつもりでいるのだ。それで、これまでちょくちょくヤフオク囲碁セットの出品を覗いてはいたのだが、なかなか落札するまでには至らなかった。碁石はプラスチックの廉価なものもあるが、どうせなら打ったときに、ぱち〜んと盤に響くような、ある程度の重量感を持った石を打たせたい。プラスチックの石では雰囲気が出ない。

これまでいろんな遊びをしてきたけど、囲碁ほど知的な遊びはないと思う。囲碁を遊び呼ばわりしたらプロの棋士に大失礼だが、私は所詮へぼだから遊び呼ばわりでいいのである。のほほんと楽しむ囲碁でいいのである。その、知的な刺激が楽しめる遊びを、知的な遊びに飢えているあの子たちに、時間のたっぷりある夏休みに教えられたらいいと思っている。そうしたら、少しは教室を走り回ったりしなくなるんじゃないかな。そんなうまく行かないかもしれないが、ダメ元でやってみる価値はあると思う。

囲碁の歴史は古い。発祥の中国では紀元前に遡るし、日本を見ても、奈良時代にはすでに盛んに打たれていたらしい。『枕草子』や『源氏物語』にも囲碁を楽しむ貴族の描写が見え、戦国武将が額を突き合わせて対局するシーンは、しばしば大河ドラマにも取り上げられる。

そんな長い歴史を持ちながら、囲碁はこれまで同じ手が一つとしてないというのだから奥が深い。昨今は人工知能なる怪物が世を席捲(せっけん)しているが、まだまだ生身の人間知能は人工知能にその座を明け渡すわけにはいかないのである。

話がそれた。戻そう。

とりあえず碁石は2セット準備できた。あとは碁盤を用意する段だが、これはコンパネで手作りすればいい。折りたたみ式がほしいところだが、こちらはヤフオクで見る限り割と人気で、なかなか落札まで持っていけない。本格的な盤は置き場所がない。だから手作り。コンパネなら入門編の9路盤も作れるから逆に効果的だ。

いちばんの問題は、子どもたちがその気になるかどうかだが、それはひとえに、こちらが囲碁の楽しさをいかに子どもたちに伝えられるかにかかっている。うまく伝わってくれるといいのだが…。

写真は、孫娘の描いた鉢植えの小バラ。

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この力みのない、描くのが純粋に楽しいという描き方をしたいものだと思う。今日は孫から、絵を描くのにいちばん大事な何かを教わったような気がする。(あ)

6,144歩。