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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

サルビヤの燃え余命まで燃え尽くす

写真は、旧国道1号線の道端に咲くサルビア

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この花を見るたびに「サルビアの花」という歌を思い出す。そして口ずさむ。♪いつもいつも思ってた サルビアの花を あなたの部屋の中に 投げ入れたくて〜♪
散歩から帰ってネットに当たったら、この歌は「もとまろ」という青山学院高等部の女子の3人グループが歌い、1972年に大ヒットした、とある。作詞は相沢靖子、作曲は早川義夫。作曲者の早川義夫は知っていたが、作詞者は知らなかった。まして女性だったとは…。歌の内容からして作詞は男の人だとばかり思っていた。
1972(昭和47)年といえば私が高校を卒業した年。2月19日には連合赤軍による、あさま山荘事件が起きている。ついでに見ていくと、この年に一番ヒットした曲は、ぴんからトリオの「女のみち」(138.3万枚)、次いで小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」。以下、10位の青い三角定規「太陽がくれた季節」まで辿っても、「サルビアの花」は出てこない。ベストテンには登場しなくても、私が覚えているくらいだからヒットしたことは確か。
なのに、「もとまろ」なるグループ名を覚えていない。「もとまろ」とは一体どういうグループだったんだろう。
「もとまろ」はTBSテレビの勝ち抜き歌合戦で4週勝ち抜き、5週目で歌う曲がなくなった。そこでフォークに詳しいメンバーの一人がこの「サルビアの花」を選ぶ。その時に録音されたテープがニッポン放送の深夜番組「コッキーポップ」で流れると、リクエストが殺到した。それに目をつけたレコード会社がシングル盤を発売したところ大ヒットになった。もともとプロになる気のなかったメンバーたちは、マスコミに姿を見せないまま大学や短大に進学し、グループを解散した。とまあ、そういうことらしい。
まてよ、勝ち抜き歌合戦に出たのが前年の71年で、その年に高校3年だったとすると、彼女たちは私と同じ年齢ということになるのか。
そんなこと、これまで思ってもみなかったけれど、こうしてブログに毎日思ったり感じたりしたことを筆(キーボード)に任せて綴っていると、話はいつの間にかあずかり知らぬ方向へ流れていって、はて、どこへたどり着くのやらと、自分でも「あやしうこそものぐるほしけれ」なのです。
今日は、散歩の途中でサルビアの花を見た、という、言ってしまえばただそれだけのことなのだが、そこからどういう話に持って行こうかと考える、この表現で読む人に伝わるだろうかと考える、さらにはタイトルに使う俳句(もどき)をどうひねり出すか、そのことが私にとって日々勉強になるし、ボケ防止にもなっているのです。そして、読んでいるよと言ってくれる人が一人でもいる限り、これからもこつこつ続けていこうと思っているのです。たとえ読んでくれる人が私一人になったとしても。(あ)

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