いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

亡き義父の直伝の技餅こねる

横須賀にあるカミさんの実家で餅搗き。餅搗きを始めたのはカミさんと一緒になった年からだから今年で36年になる。
例年は28日〜30日のあたりで搗くのだが、今年はそれより一週間ほど早い。義兄の二番目の子が来週から年始にかけてヨーロッパ研修旅行に出かけるとのことで、搗き手の主力が欠けるのは痛いから、彼が旅行に出かける前に搗いておこうということになった。
午前9時に竃に火を入れ、午後1時半に搗き終える。搗いたのは全部で6臼。去年は8臼だったがお供え用の餅を今年はやめたのでその分少なくなった。
餅搗きは「こね」にあり、とは亡き義父の口癖である。私はその義父にこね方を仕込まれた。こうやって腰を入れて全体重を杵にかけながらこねるんだ、ぐいっぐいっと、こうしてこうして…と臼の周りを歩きながら私にお手本を示してくれた。すると、こねられた餅は北斎の「神奈川沖浪裏」の浮世絵のように反り上がり、やがて反り極まって臼の真ん中になだれ落ちていくのである。それはまさに芸術品を見るごとくであった。
義父直伝の技を受け継ぎ、以来ずっと私がこねを担当してきたが、まだ北斎の絵のような反り上がりを作れないでいる。こね方にどこか無駄な力が入っているのだろう。イメージは常に義父のそれを意識しているのだが、まだまだ義父の見せてくれた芸術品に到達できないでいるのである。
合いの手は義兄が担当し、義兄の息子二人が交代で搗き手を担当する。臼は義父の代からのものをそのまま今でも使っているが、杵は去年新しいのに変えた。古い杵は搗くたびに木屑が剥がれて餅にひっつくようになったので、去年通販で取り寄せたのだという。新しい杵は軽くて搗きやすい。ただ、こねる身からすると、左手でつかむ柄のつけ根部分が角のままなので、そこが人差し指に食い込んで痛い。こねることを大事に考えるならば角を取る仕様になるはずだが、そうならなかったのは杵を作る側の思慮が浅かったと言わざるをえない。よし、来年は鉈で削って丸くしてやれ。
餅搗きを終えてお疲れさんの乾杯。去年はここに小田原の孫が登場して賑やかだったのだが、今年は下の孫娘がおたふく風邪にかかったというので不参加。午後3時を回ったところでお暇しようと腰を上げたら義兄から呑みに誘われた。断りきれずずるずると京浜急行の杉田へ出て、そこの居酒屋で呑み始めたのはいいのだが、タッパーに入れた搗きたての餅(あんころ餅、きな粉餅、納豆餅)を店に忘れてきてしまった。なってこった。アホドジマヌケ、どんな悪態をつかれるかわからないからカミさんには内緒にしておきましょう。(あ)

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11,535歩。