いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

亡き父母の歌耳にして芒道

12,965歩。

先週の月曜に引き続き、今日も修善寺から狩野川土手を歩く。今日の伊豆の最高気温は20℃で11月並みとのことだったが、歩くには長袖シャツ一枚でちょうどよかった。

天神社横の狩野川入漁証取扱所から大仁橋までの瀬は、今日もまた多くの釣り客で賑わっていた。正確に数えなかったけれど、20人くらいはいたように思う。

土手道の行き止まりには鎖が張られ「危険」と書かれた札がぶら下がっていた。その札の向こうに、もしかしたら細い抜け道があるかもしれないと思って土手を下りたが、支流の小川に遮られてしっかり行き止まりになっていた。

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やむなく土手に戻り、来た道を引き返す。すると向こうから年配の女性がジョギング姿で歩いてきた。こんにちはと挨拶をしてすれ違ったときに、そっちは行き止まりですよと知らせてやろうと思ったが、見た感じが、そんなこと百も承知の地元の人のような気がして止めた。それで土手道と並行して走っている旧下田街道に出るべく、道のない草むらの土手をショートカットしたら、その人も土手を下りてきて私の背後にぴたりと付けた。

これで歩くペースが乱れた。速足にギアチェンジして旧下田街道から外れ、背後を意識しながら大仁橋への近道に入る。そうしたらその人もまた同じ道を来るではないか。どこまで一緒なんだと思いながら歩いていたら、その人は道の脇のベンチに座っていた人たちの前で立ち止まった。ベンチの向こうがちょっとした広場になっていて、これからゲートボールが始まろうとしているふうに見えた。ベンチの人たちは私の後ろを歩いていた人の到着を待っていたようだった。地元のゲートボール仲間だろうか。賑やかな談笑が背後から聞こえてきた。

そういえば、父も母もゲートボールが好きだった。県内、県外、父に至っては海外に行ってまでゲートボールを楽しんでいた。試合後の打ち上げで母は♫私の大事な旦那様をよく歌っていたという。父が歌った姿は見たことがない。父の呑み友達だった近所の人の話によると、酔って一度だけ歌ったことがあるらしい。それが星影のワルツ。♫今でも好きだ死ぬほどに、である。晩年はどこにいても一緒の仲のいい二人だった。今頃は墓の下で二人手と手を取り合って、ねえあなた、なあお前とでも歌っているだろうか。

ゲートボールから、突然父母の思い出に話が飛んでしまった。着地点がいつも分からないまま書いているので、話が成り行きまかせになってしまうことはしょっちゅうです。でも、それがまたブログを書く密かな楽しみでもあります。(あ)