いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

あかもくのぬめりまにまに冷うどん

丹後半島周遊の旅の3日目。昨夜はそんな呑んだつもりもなかったが、自慢の早起き機能が麻痺して目覚めがいちばん遅かった。日の出前の天の橋立を往復走るんだと宣言し、その人が言葉通りに走り終えて部屋に戻って来るまで私は布団の中にいた。隣の布団の人も天の橋立を早朝散歩して来たと爽やかに言う。結局、朝風呂に間に合わなかったのは私だけ。なんてこった、私だけが宿酔の頭を持ち上げられなかったってことか。弱くなったなあ。

朝食はバイキング。バイキングは好きなものを選べるのはいいのだが、ついつい多く皿に盛ってしまうのがいけない。普段はトーストとゆで卵で朝食を済ませる人がこんなに盛っては昼の胃袋に影響するのは必定。そうは分かっていてもこの盛りである。これからは質素を心がけて暴飲暴食を控えようという腹は、ご馳走の山を前にしてまるで無防備になってしまうのである。これも旅の高揚なのである。

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朝食後、一行は丹後由良の浜近くの安寿と厨子王の像に立ち寄る。ここにあるのはこの銅像とトイレだけ。大型観光バスが何台も駐車できるスペースはあるものの、わざわざここに駐車するバスがあろうとも思えない。伊豆韮山の蛭ケ小島の頼朝政子像は、二人並んで富士山を見つめる構図になっているが、さて、厨子王丸が指差し、安寿姫が見遣る遥かの彼方は、母と乳母が流された蝦夷ヶ島だろうか、それとも父の流された筑紫だろうか。

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安寿と厨子王の像から「日本の鬼の交流博物館」へ移動。ここが今回の旅の最後の目的地である。はずだったが、ここで旅程に1時間ばかりのズレがあることが分かった。そこで新たな見学先として急遽、与謝野町の蛭子山古墳を加える。ここが正に鬼の棲む山かと思われるくねくね道を上っては下り、下りては上って与謝野町に出ると、古墳はもうどうでもよくなっていた。

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宮津駅前でレンタカーを返し、昼食場所を探しながら駅へ向かう。すると、駅前の角に行列のできている店があった。炎天下にいつ順番が来るか分からないほどの列が蛇行している。よほど人気の店らしい。店を通り過ぎるとき、店の端に「岩がき」の文字がちらり見えたから、それが売りの店かとも思ったがよく分からない。

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待たずに食事のできる手頃な店がないかと探したら、駅の左手にうどん屋を見つけて迷わずそこに入る。朝のバイキングの食い過ぎを反省し、軽く冷やしうどんでもと「あかもくぶっかけうどん」(800円)を注文したら、これがまた結構な量で参った。無理して平らげる義理もなかったが、無理して平らげた。

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ぱんぱんに膨らんだ腹は、それでも京都から新幹線に乗る頃にはハイボールが呑めるまで回復しているのだから不思議といえば不思議です。

横浜東口の焼き鳥屋で旅の締めをしてお開き。今回もまた呑んで食っての愉快な旅となりました。皆さんお疲れさまでした。また来年もよろしくお願いします。(あ)

7,266歩。