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いずぃなり

伊豆でのシニアライフ

春尽きて伊豆の山みな近くなる

午前は、病院の定期検診。血圧は正常、体重は前回より約1kg減った。やはり、おやつを食べなくなった分が減じたということだろう。HbA1cは前回測ったデータを確認しただけで、今回は測定しなかった。基準値をややオーバーしているものの数値は安定していて、C-ペプチドも正常範囲内でインスリン分泌も良好。薬を飲み続ける生活は変わらないが、カロリー制限を気にしないで普通に食事ができ、酒も好き放題飲めることが何よりありがたい。
夕方5時半から平塚「海楽人」の月例呑み会。今回から帰りは藤沢ではなく伊豆に帰ることになった。で、長い道中に寝込んでしまって三島で降り忘れるかもしれないと、そのことがちょっと心配だった。
今日に備えて、あらかじめ帰りの電車を調べて「YAHOO!乗換案内」のMyルートに登録しておいた。平塚駅21:06発の沼津行きに乗れば22:41田京駅に着く。沼津行きは熱海で乗り換えないからいい。それに、おお、もし乗り越しても沼津駅22:33発上り三島行きで戻れば伊豆箱根鉄道の最終に間に合うではないか。
平塚の住人は、4月からの月例呑み会は泊りがけになるかと私のことを心配し、よかったら平塚に泊まって行きなさいと先々月に言ってくれていたが、帰りの電車を調べたら泊まらなくても十分帰れることが分かった。よかった、これでこれまでどおり平塚でたっぷり呑める。藤沢だって20:53発に乗るまでたっぷり呑める。(あ)

【写真】石材店のピンコロ石。

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病院の帰りに寄った。
今、裏庭に、八重桜を楽しめるスペースをこしらえようと考えている(今年の八重桜は見頃を終えたが)。最初に思いついたのはデッキを作ることだったが、デッキだと防腐のために毎年ペンキを塗らなくてはいけないことに思い至り、ならばレンガ敷にしたらどうかと次に考えた。それで今日、レンガの値段を知りたくて病院の近くにある石材店を覗いてみた。
この店では以前、石焼用に溶岩プレートと大谷石を買ったことがあって、割とお手ごろ価格で販売していることを知っている。
店先に様々なピンコロ石が木枠に入って置かれてあった。その向かい側に石を加工する作業場があって、レンガはその横に積まれていた。が、見ると2パレットに売約済の札が見える。記されてあるのは個人名ではなく、どこかの施設のような名前だった。
隣にオーストラリアブリックというレンガが積んであったが、孔が3つ空いていて、これは敷くレンガとしては使えない、孔から雑草が生えてくると判断してピンコロ石の方へ戻る。
ピンコロ石は種類が豊富で目移りしてしまう。価格もまちまちで買うとしたらどれがいいのか素人目にはよく分からない。裏庭に敷くとしたら明るい色合いがいいかなくらいの見当で見比べていたら、やや赤みがかった黄土色の石が目に止まった。ベトナム産とある。価格も手頃。買うならこれだと思える石だった。
よおし、このピンコロ石で裏庭を明るく作り変えるぞ。問題はカミさんだな。カミさんはうんと言ってくれるかな。たぶん言わないなケチの権化だもの。どこにそんなお金があるのよと言うに決まっている。よおし、言わないでダマで作り変えちゃえ。

【淡彩画】城門(No.74)

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重厚な甍や石垣にあるわずかな反りを、大きく反らせすぎないように気をつけながら描く」こと。
鉛筆の下描きの段階でほぼ絵が出来上がったような感じで、何だか塗り絵をしたような気分。でも、石垣は単純なパターンにならないように気をつけ、それなりに描けたと思う。

【タイムラプス】4月28日(金)6:00〜8:16の伊豆長岡の空。

【歩数】7,290歩。

行く春や鏡に残す背中傷

【写真】旧紙幣と旧硬貨。

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引越荷物を整理していたら、やっと出てきました。旧紙幣だけだと思っていたら、穴の空いてない50円玉と5円玉も混ざっていた。あと、東京オリンピック(昭和39年)と沖縄返還(昭和47年)の記念硬貨も。
中学生の頃まで記念切手に凝ったことはあったけど、昔のお金を集める趣味はなかった。ただ、初めて月給をもらった時、紙幣だけ記念に残しておこうと一万円札から五百円札まで1枚ずつファイルに入れて保管したような記憶がかすかにある。記念硬貨は、その時カミさんが「あたし、これ持ってる、お父さんからもらった」と言って出したのを一緒に仕舞っておいたのだったか。
これをどうこうしようという気はない。たぶんカミさんもないと思う。一応記念に取っておく程度のコレクションである。あるいは硬貨だけ、その時が来たら三途の川を渡る時の冥銭として棺に入れてもらってもいい。紙幣は孫にくれてやれ。

【あやめ湯】18:08〜18:46(4→3人)
米朝氏と元饅頭氏が先に来ていた。私が「こんばんは」と声をかけて風呂場に下りると、米朝氏が、「その背中の傷、どうした」と言う。元饅頭氏も「ほんとだ、どうしたその傷」と、私の背中に回って言う。
「ええっ? 何なにみんなして、本当に? 背中のどこ?」と私が身をよじって鏡に背中を映してみるがよく見えない。すると、元饅頭氏がわざわざ私の背中の傷の箇所を指で触れ、「ここに、ほれ、こんくらいの傷」と親指と人差し指で傷の大きさを教えてくれる。
米朝氏が、「どこの子猫ちゃんに引っかかれただ」と冷やかす。傷に全く心当たりのない私は、「そんなんじゃないんですよ、それにしてもなんで傷が……」と、今度はもう少し強く身をひねって鏡を見てみたら、見えた、背骨のあたりに確かに10センチほどの刀で切られたような傷が斜めに走っていた。
米朝氏とは昨日もあやめ湯で会っている。その時は傷のことを何も言っていなかったから、傷つけたのは今日だろうか。今日は雨の中で、昨日被せた波板の斜度を変えて、降った雨がきちんと流れ落ちるように改良したくらいで、背中を傷つけるようなことは一切していない。一体何の傷だろう。
米朝氏は続けて、「そんな危険な遊びなんてしないで、わしらと一緒に楽しく遊ぼうよ。今仕事しないで何してるだ。どうせ暇なんだら? わしらが遊んでやるから一緒に遊ぼうよ」と言ってくれる。が、米朝氏は、昨日は三島のスキンヘッド氏と昼にステーキを食べてから夕方までカラオケをしてたんだと(その後二人してあやめ湯に顔を出した)。昼からステーキにカラオケかよ、とても80歳とは思えないな。そんなパワーで私を遊びに誘うが、残念ながら遊びの好みが私とまるで違う。言葉をかけてくれるのは嬉しいが、とても一緒に遊べないと思って尻込んだ。
米朝氏は一緒にいるととてもほんわかするんだけど、こと遊びに関しては好みが違いすぎる。米朝氏は桜にやたら詳しいから、一緒に花見をするのは大歓迎だけど、昼からカラオケはちと勘弁。でもあの人、お酒呑まないんだよなあ。

【タイムラプス】4月27日(木)6:00〜8:20の韮山方面の雨空。34秒。

【歩数】1,383歩。

引越の荷の片付きて朝寝かな

今日は引越に使ったダンボールをごみ収集所へ出した。
50箱分はあっただろうか。これをバイクで6往復して運んだ。それでごみ収集所の金網小屋は私の出したダンボールだけで粗方いっぱいになってしまった。
まだ衣類のダンボールが残っているが、衣類の整理はカミさんに頼むしかないと思って手をつけないでいる。タンスのどこに何を仕舞うのかは全てカミさんに任せないと、あとで何を言われるか分かったものではない。これが済めば引越荷物の整理は全て終了となる。
今日の夕方、覚えのないフリーダイヤルから電話が入った。現在契約しているフレッツ光の料金が月額5,180円にお安くできると言う。それについては転用承諾が必要だから、NTT西日本に連絡をして転用番号が欲しいと伝えてくれ、そしてその番号を控えておいてもらい、10分ほどしたらまた電話するので、Wで始まるその番号を教えて欲しい、と一方的にまくし立てて電話を切った。会社名と担当者名を名乗ったはずだが、聞き直すタイミングがないくらいの勢いだった。
月額料金が安くなる分については大助かりだからと思って、教えられたNTT西日本のフリーダイヤルに電話を入れてみた。そうしたらあっさりとつながり、電話口の女性は本人確認の質問をいくつかした後、現在のサービス内容、解約となった場合の注意点などを10分以上にわたって説明し、最後に転用番号を教えてくれた。
聞くもの全て初めてのことばかりで、頭が理解不能に陥り?????状態になってしまった。何が、どうなっているのだろう。さっぱり分からんちんぷんかんぷん。「……以上の点をよくご理解のうえ、お手続きなさってください」と言われて、よくご理解できていませんと伝えたら、「NTT西日本転用」で検索すると転用手続きの注意事項が出るのでそれをご覧になってください、と言う。
さて、NTT西日本の方の話を聞いているうちに約束の10分を過ぎたのだが、転用番号を教えてくれと言ってきた人からは、10分後どころかその後も電話はなかった。
仕組みや内容を理解しないまま「光コラボレーションサービス」(と言い、サービス事業者は300以上あると今日初めて知った)契約を結ぶのも如何なものかと思い、覚えのないフリーダイヤルの人から電話がなかったことに、逆に安堵を覚えた。そして、この手のサービスについてもう少し勉強してみようと思った。(あ)

【写真】昨日作ったベンチ(衣装ケース収納踏み台)と今日取り付けた波板屋根。

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ベンチは解体した洋服タンスの扉2枚を使い、脚には長男が藤沢のマンションに置いていった厚手の板が(何に使っていたのだろう)ちょうど3枚あったので、それを用いた。
板を脚にしたら、高さが衣装ケースの高さに少し足りなかったので、余っていた垂木を足して衣装ケースの出し入れを可能にした。
ただ、扉は所詮ベニヤ板で作られてあるので強度はない。私が乗るとやや沈む。そのうちメリッとヒビが入るかもしれないが、まあ、そうなればなったで、その時に補強すればいいかくらいの気持ちでいる。このいい加減さが私流。

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こっちは台所と増設洋間との間の中途半端なスペース。ここを新たな薪置場にし、雨が当たらないように上に透明の波板を被せた。波板は3枚被せてあるが傘釘で止めていない。ただ竹を重しに乗せてあるだけ。このままだと台風が来たらひとたまりもないので、そのうち傘釘で固定させるつもりだが、釘を打とうにも波板の上からでないと打てない。上に乗っかるしかないと思うが、これはちょっと怖いぞ。

【淡彩画】白壁の酒蔵(No.73)

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ポイントは「壁面の日向の部分は白さを塗り残し、日陰の部分は、淡いグレー系色を使って描く」こと。
今回のモチーフは非常に魅力的で、手本を手にした時からずっと描きたいと思っていた。ようやく順番が回ってきたわけだが、これをハガキ大の大きさの紙に描くのはかなり骨が折れた。初心者は大きい紙の方が描きやすいと誰かが言っていたが、それは本当だ。この一枚を描くのに、これまででいちばん時間がかかった。

【あやめ湯】18:18〜18:47(3→4人)

【タイムラプス】4月26日(水)5:32〜7:33。30秒。

【歩数】1,630歩。

春風や湯上がり嫗背を伸ばし

【大仁・水晶苑】13:46〜14:43(1→2人)
伊豆の国市民になったら、まず行ってみたいと思っていたのが、ここ。60歳以上の市民なら150円で温泉入浴ができる。

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場所は一二三荘横の踏切を渡って左折し、100mほど奥へ入ったところにある。単に温泉に浸かるだけなら一二三荘の源泉掛け流しで十分満足なのだが、水晶苑ではお年寄りたちが囲碁を楽しんでいると、あやめ湯仲間のミスタービーン氏から聞いていて、以来ずっと気に留めていた。
入浴時間は午前10時から午後4時まで。基本的に「高齢者の憩いの場」というコンセプトだから、この時間帯は仕方がない。
受付で市民であることを証明するものを提示するのかと思っていたら、それはなかった。ノートを差し出され、ここに地区名とお名前と年齢をご記入くださいと言われただけ。ノートの記名を見たら、70代80代がほとんどで60代は誰もおらず、何となく気まずい気分。
正式名称は「老人憩の家水晶苑」という。「水晶」というのは、目の前にある「水晶山」から取ったらしい。狩野川の土手を修善寺から下流に歩いてくると土手道が「山」に遮られて迂回しなければならないところがある。その「山」が「水晶山」で、標高はたったの60m。この山は伊豆が海底火山だった頃の地層で、かつては水晶の産地だったとのこと(伊豆半島ジオパーク)<http://izugeopark.org/maps/area-nakaizu-kita/ohito_shuzenji/suishozan/>。「山頂からの狩野川の眺めはすばらしく、地域の方に愛されてきました」とあるから、今度、その眺めを撮ってきてアップしますね。
風呂場は2槽の湯舟があって、「熱め」と「温め」と分けてあるのかと思って手を突っ込んでみたが、どちらも「温め」だった。熱めの湯を好む私にはかなり物足りない感じがした。浴槽に注ぐ蛇口は3つあって、それぞれ「温泉」「お湯」「水」となっている。
風呂場に私一人しかいなかったのをいいことに、試しに「温泉」の蛇口をひねってみた。そうしたら45℃程度の熱さの湯が出る。そのまま出しっ放しにしたら沈めた肩のあたりからジワリと熱くなった。でも、温泉に浸かっているという感じはあまりしなかった。

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風呂から上がると、ラウンジで3人のおばあさんがめいめいの格好でくつろいでいた。マッサージ機も2台あったが、脇にコインを入れるボックスがあったので試さなかった(これくらい無料にすればいいのに)。
受付の人がちょうどそこにいたので施設利用案内パンフみたいなものはないかと訊いてみた。そうしたら、ないと言う。どんなことを知りたいかと逆に訊かれ、男性方は2階で囲碁をしていますよと言うから、(それそれ、それを知りたかったんです)そうですか、実は私も囲碁に興味がありましてと言うと、ではこちらへと2階へ案内してくれた。
大広間の奥で8人ほど囲碁を楽しんでいた。受付の人が、(碁の)強い人弱い人、いろいろな人が碁を打ってますよと私に紹介する。4面並んだ盤面をざっと見る限りでは、棋力は私と同じかそれよりやや上といったところ。一つの盤面で、黒番の人が一旦置いた石を黙って別の箇所に打ち直す場面があった。白番の相手も黙ってそれを受け流す。それで囲碁仲間のおおよその雰囲気が知れた。ただ、同時に私がそこに加わる余地はないような気もした。やりたかったらもう一人連れて来い、そんな空気があった。(あ)

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【タイムラプス】4月25日(火)6:03〜8:26の伊豆長岡の空。35秒。
【歩数】2,784歩。


我睨み恋の仇か猫の妻

ダンボールと衣装ケースに入った洋服をタンスに仕舞おうと思った。これが済めば引越荷物の整理は完了する。
洋服を仕舞うに当たっては、まずはタンスに蝶番を取り付けなくてはいけない。蝶番は観音開きの扉に計6個取り付けられてあったのが、藤沢での家具搬出の際に3個破損しているのが分かった。それで引越業者に、いずれ伊豆で新規に取り付けるから全部取り外して運んでくれと頼んであった。
その時の蝶番は業者に処分してもらった。が、同じ蝶番は別のタンスのそれを見れば分かる。分かるけれど、果たして同じ型の蝶番が今もあるかどうかは分からない。タンスを買ったのは38年前だものあるわけないよなと思いながら、下の棚板をダボに乗せようとしたらタンスの側板との間に隙間ができてうまく乗らない。ちょうどダボの出っ張り分の隙間ができてしまっていたのだ。側板が外側に膨らんでいたわけだ。
では、なんで今まで「棚」だったのかというと、それは、無理やり詰め込んだ衣類の上に棚板が乗っかっていただけのこと。それでひずみができて蝶番に負荷がかかり扉が閉まらなくなったと、どうやらそういうことらしい。
新規に蝶番を取り付けるにしても、この膨らみを矯正しなくてはいけない。果たして元の真っ直ぐに戻るんだろうか。
これはたぶん戻りそうもないなと読んだ。それで扉の取り付けを諦めた。扉の代わりに古布を垂らす。藤沢ではずっと扉は開け放したままだったのだし、それを考えたら布で目隠しする方がそれよりなんぼかマシだろう。

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思えば我が家は、暖簾も含めていたるところに布を垂らしている。昔昔の寝殿造りに用いられた几帳のイメージといえば聞こえはいいが、我が家を訪ねる人が異口同音に「この家は寒い」と言うごとく、暖房のことなどハナから考えていないのである。
しかし、私は我慢できても、家を訪ねてくれる人の身を考えればそうも言っていられない。そういう事情もあって薪ストーブを設置した。本当は炎がチロチロ見える暖炉が欲しいのだが、まあ、欲を言えばきりがないからこの辺でやめておきましょう。
話は洋服の整理に戻る。
洋服をタンスに仕舞おうとして、到底仕舞い切れないことが分かった。どうするか。2階南窓の際に踏み台の高さの棚を作り、その下に衣装ケースに入れたままの衣類を収納することにした。棚は明日作る。(あ)

【写真】どこぞの猫。

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ふと窓の外に目をやったら、家の裏側からやって来た猫が白葡萄(ナイアガラ)の根元に鼻を近づけて、何やら匂いを嗅いでいる様子。割とスマートな猫で、よく見るデブッチョの猫と違う。新顔だ。
自分のか、あるいは他の猫のおしっこマーキング臭を嗅いでいるのだろうか。勝手知ったる我が庭であるかのような堂々とした振る舞いに、ここの主は私だよと知らせておかねばなるまいと、ガラス窓をコンコン叩いた。その音に反応したのが写真の顔である。
撮影しやすいように窓を開け網戸を開け、ようとしたら網戸の桟が歪んで開かない。強引に開けようとしたら網戸がレールから外れてしまった。これに驚いて猫ちゃんは退散するだろうと思いきや、さにあらず、なおもじっと同じ顔でこちらを見つめていた。新顔にしては大した面構えだ。

【あやめ湯】17:37〜18:27(7→3人)

【タイムラプス】4月24日(月)5:59〜8:24の伊豆長岡の空。36秒。

【歩数】3,908歩。

仕舞ひきれぬ思ひ出躑躅花車

引越の荷物整理は2階和室のダンボールがほぼ片付いた。あとは洋服と和服をタンスに整頓すれば引越の荷物整理は完了となる。
和服というのは亡父が着ていたもので、年を取ったらいつか着る日が来るだろうかと、青森の実家を解体する時に南部鉄瓶とともに譲り受けたものである。藤沢では全く着る機会がなかったが、伊豆の風景には何となく馴染みそうで、和服を着流し、下駄をカランコロン鳴らしながら、ぶらり散歩するのもいいかなと思っている。
それはいいのだが、問題は息子二人が残していった洋服類が多すぎてタンスに仕舞い切れないこと。特に次男の場合は、体型がどんどん横に膨らんで、その都度スーツを新着するから、サイズの合わなくなったスーツがタンスに溢れることになる。
カミさんは私に「着たら?」と言うが、私は「スーツを着る仕事から引退した身だから着ない。邪魔になるならリサイクルショップにもで売れば?」と返す。しかしカミさんは手放す気はないようで、誰も着る人がいないスーツをタンスに吊るしておく。カミさんも私と同様、断捨離のできない人なのである。
それと、開けるだに恐ろし気なダンボール箱が一つある。カミさんがジャズダンス教室に繁く通っていた頃の衣装が詰まっている箱である。これをどこに仕舞おうにも仕舞う場所がない。今更着られる歳でもないんだから処分しちゃえば? と言いたいところだが、こちらから軽々に言えない雰囲気があって、これはもう、向こうから「捨てます」と言ってくるのを待つしかない。その仮置場をどこに作るかを目下思案中。
夫婦揃って思い出の品を捨て切れないでいるのだから、部屋を片付けようにも片付くわけがない。そんな状態でもなお片付けなくてはいけないのだから頭が痛い。腰もまだ痛い。もう少しの辛抱です。もう少し踏ん張ってみます。(あ)

【写真】庭のツツジ・花車。

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iPhone 7 Plusポートレート機能を使って撮影した。
花の名を知りたくて、例によってiPhoneアプリ「花しらべ」で調べてみたら、「登録されていません」と出た。ツツジの仲間であることは分かるのだが「花しらべ」に登録されていないようなマイナーな花なのだろうか。本棚の「よくわかる庭木大図鑑」(永岡書店)にも載っていない。
でも、余所の庭でもよく見かけるから、そんなにマイナーということもないだろう。
ツツジの種類」とかでインターネットで検索したらヒットするかもしれないと思ったが、ここは一つ、散歩がてら図書館へ行って調べてみることにした。それが昨日。
図書館へ行って、この花は「花車」という名だと分かった。「ハナグルマ」と読む。何とも雅な名前です。花言葉は「節制、節約」だそうで、つい衝動買いをしてしまう自分への戒めにはお似合いです。

【淡彩画】白い教会(No.72)

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ポイントは「建物の様々な装飾的な造形の特徴を丁寧に描く」こと。
漆喰仕上げの白壁は絵具を塗らずにそのまま紙の白さを残した。
下描きの鉛筆(HB)の線が濃く残りすぎたかもしれない。

【あやめ湯】17:20〜18:06(4→2人)

【タイムラプス】4月23日(日)5:59〜8:44の伊豆長岡の空。20秒。

【歩数】868歩。

春愁や思ひ出の品それもこれも

引越荷物を整理していたら、今日はこんなのが出てきた。

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5インチのフロッピーディスク夏目漱石の千円札である。
現在の千円札に描かれているのは野口英世だが、その前は夏目漱石だった(昭和59年〜平成19年)。図柄がほとんど同じだから最初は旧札だと気づかなかった。さらにその前が伊藤博文(昭和38年〜昭和61年)。私の初月給の時は一万円札が聖徳太子、五千円札も聖徳太子、千円札が伊藤博文、五百円札が岩倉具視だった。それを現金でもらっていたんだなあ。さすがに板垣退助の百円札はなかったけど。
百円札は昭和28年に発行が開始され昭和49年に発行停止になっている。私は百円札を今も持っている。どこかに仕舞ってあるはずで、荷物整理をしていればそのうち出てくるだろうと思っているが、まだ出てきていない。代わりに夏目漱石の千円札が出てきた。
5インチのフロッピーディスクが出てきたのには驚いた。こんなのまで捨てないで残してあったんだね。
私が最初にコンピューターに触ったのは5インチのフロッピーディスクを差し込んで操作する頃だった。以来パソコン環境は日進月歩で変化し、その変化について行くのに必死だった。情報革命と騒がれ、ペーパーレスの時代が来ると声高に叫ばれたりもしたが、今のところペーパーレスにはなっていない。不動産の売買契約も書類に印鑑だし、新刊の本だって電子書籍に取って代わられる動きにはなっていない。
一方で懸念されるのは人工知能開発の行方である。昨年、囲碁趙治勲名誉名人と囲碁ソフト「DeepZenGo」との三番勝負があり、名誉名人がかろうじて2勝1敗で勝ち越した。が、そのうちこれが逆転して人間が人工知能に勝てなくなる日が来るかもしれない。そうなれば、人工知能を持ったロボットが人間を支配するSFのような世界が来ないとも限らない。いや、もうそこまで来ているのかもしれない。隔世の感を禁じ得ません。(あ)

【写真】スープカレー

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昨日、あやめ湯の帰りにスーパーへ寄ったらパプリカが安かったので、久々にスープカレーでも作ろうと思って買ってきた。買ったのは昨日だが、昨日はまだ残っていたカミさんの作り置きで晩酌をしたので、作ったのは今日。
冷蔵庫にはベーコンのブロックがあり、ジャガイモがあり、ゆで卵がある。ニンジンとキャベツはなかったが、なくたってパプリカを入れれば十分スープカレーになる。え〜と、どんなふうに作るんだったっけ、と「スープカレーの素」の説明を見ようとしたら、賞味期限が「2015.6.28」となっているではないか。げっ、2年前だあ、どんだけ久々なんだよ。
これがまだ4箱も食品棚にある。あの頃はスープカレーにはまって随分作ったりしたが、そうか、まだそんなに残っていたか。賞味期限なんかまるで考えずにまとめ買いしていたものな。
賞味期限が2年前のルウってどうなのよ。大丈夫だろうという気持ち半分、やめといたほうがいいかなという気持ち半分といったところだったが、封を切って変な臭いがしたらやめとこうと思って、まずはスープカレーの素が入った袋をハサミで切って恐る恐る臭いを嗅いでみた。すると、ごく普通の香辛料の香りである。大丈夫そうだな、よしやってみようと腹は決まった。
片手鍋でジャガイモ、タマネギ、パプリカ、ベーコンブロックを弱火で20分ほどコトコト煮込み、一旦火を止めてスープカレーの素を入れてかき混ぜる。再び火をつけて一煮立ちさせ、スパイスオイルを入れた器に注ぐ。その上に辛味調整スパイスをドバッと入れて、はい出来上がり。
なのだが、さすがにスープをスプーンですくって飲むところまでの勇気はなく、具を箸でつまんで食う程度に留めた。たぶんスープを飲んでも大丈夫だとは思ったが、万が一腹に来たら、一人だし土日は病院やってないしと考えて、やめた。
でも4箱も残っているのをどうしよう。思い切って捨ててしまおうか。いや待てよ、新品を1箱買ってきて、それと味を比べてみよう。同じだったら捨てないで使う。少しでも違いを感じたら捨てる。って、どこまで貧乏性なんだろう。

【タイムラプス】4月22日(土)11:40〜14:06の伊豆長岡の空。36秒。

【歩数】7,082歩。